遥かな尾瀬

 朝10時からの学年登校日。2学年全5クラスが体育館に集まってなにか、戦争関連の講話を聞いたような気がする。久しぶりのセーラー服が暑苦しく鬱陶しかった。

 30分程度の講話の後、教室で担任が簡単な話をして下校。いつも一緒に帰っているご近所の同級生はまだホームルーム中だった為、ひとりで帰ることにした。
 裏の校門へ向かう途中テニスコートの辺りで同じクラスのM君に話しかけられた。
 1年の時から同じクラスで出席番号が前後していることもあり、一番仲の良い男子でもあった。
 彼は私のことが好きだと、言った。
 私も好きだと、言った。
 
 彼はバスケ部で、もともと背は高くなかったけれど1年生のときに比べたらかなり伸びたと思う。同じくらいの身長だと思っていた彼が私より背が高いことに気付いたのはこのときだった。私の目は丁度彼の顎くらいだった。
 
 薄暗い体育館の舞台裏で、彼は私にキスをした。
 
 今日、体育館を使うのはバレー部だから。
 彼は何故か右下を見ながらそう言った。照れていたのかもしれない。
 このとき私は至極冷静にああ成長期なんだなあと思っただけだったような気がする。
 
 誰も来ないはずの体育館に数人の生徒の声が聞こえた。
 
 まだ12時で、バレー部が来る1時には時間があったけれど私たちと同じ登校日帰りの生徒だったのかもしれない。上下関係にうるさいバレー部の1年生が逸早く来たのかもしれなかった。
 彼は咄嗟に私の手を引いて奥の舞台倉庫へと入った。
 舞台倉庫といってもそこは、文化祭の時だけ使用される暗幕やシートを保管しておく場所で舞台の丁度下にあたるところだ。153センチしかない私でもしゃがんでやっとの高さしかない。
 所々、隙間から光が差し込んでいた。
 床はモルタルだったが意外に埃が少なかった。そういえば終業式の大掃除でいつも掃除をすると聞いた気もする。
 一番端の緑色のシートがだらしなくめくれている。
 
 彼は何故か持ち合わせていたコンドームを不慣れな手つきで装着し、少しおどおどした感じで私の足を開かせた。
 私はあまりの痛さに声が出そうになったけれど、彼が先に「あ」とだけ言った。
 彼はきっと私とは別の理由で声を出してしまったのだろうけど、すぐに「声を出しちゃだめだ」と耳元で小さく言った。
 
 バレー部の掛け声とボールの弾む音が聞こえてきた頃、さっきとまったく同じ声で彼が「あ」とだけ言って連続的な動きが止まった。
 
 
 

 あの後、バレー部の練習している横を通過せずに体育館裏に出れる扉があり、そこから出てすぐの隅の方に足で軽く土を掘り恐らくコンドームを、捨てた。私たちはそれぞれの家に帰った。
 
 気持ち良かった。
 
 帰り道で彼が子供のような笑顔でそう言ったのはよく覚えている。
 そのとき、私がなにを言ったのか、そして何を思ったのかは覚えていない。何も考えていなかったのかもしれない。
 
 
 あの時、彼が捨てたものはまだあの場所に埋まっているのだろうか。