2006-01-01から1年間の記事一覧

重たい本

11時55発の最終電車に僕は乗る。 御堂筋線からの乗換客が駅員に急かされ足早に乗り込んでくる。あっという間に座席は埋まり、僕の横には少し汚れた紺の作業着を着た男がすでに舟を漕いでいる。 僕は手に持っていた分厚いノベルスを取り出し読み始める。先月…

図書館

僕は図書館で本を借りる。カウンタの向こうの香坂さんは僕のことに気付かずに、黙々とパソコンに数字を打ち込んでいる。眼鏡の香坂さんは大学を卒業したての21歳で僕より7つ年上。彼女は図書館の近くのグレーのマンションの203号室に一人で住んでいて、僕は…

純粋なもの

純粋だと思っていたものが実はとんでもなく醜いものだったことは往々にあることで、僕はそういうものに滅法弱い。

斉藤春美

昨日の夜にもチェックしたはずなのに新着メールが3件もある。そのどちらも春美さんからで、うち2件は受信日が30秒しか違わない。見なくても内容は見当が付いたが毎回クリックしてしまう。斜め読みして返信しないことも多い。彼女は毎日メールを寄越す。一…

七夕の夜、

FMラジオが得意気に音楽を鳴らす。時の銀河に裂かれてもとはよく言ったもんだと仕事の手を止めて一息つく。書きかけの図面を一旦下げてブラウザのショートカットをダブルクリック。検索バーに文字を打ち込む。見覚えのあるアルバムジャケットが目に留まり、…

消失点

喫煙コーナーから外を見る。向かいのビルと向かいのビルの隙間を赤い電車がちらりと横切る。7階のフロアから1780ミリ上がったところに僕の視点。向かいのビルも遠くのビルも僕の正面に線が延びる。線は一点に集まる。世界が線で構成されて、デジタルなイメ…

発疹

皮膚が荒れ赤く腫れた彼女の指は、少しだけ熱かった。かゆくて大変。彼女は笑って僕を見る。病院行った方がいいんじゃないの?何度目かの僕の言葉に、そのうち治るから大丈夫よと言い続けていた彼女は初めて、うんと言った。 幸いにも僕の家の近くは大きな病…

ギター少女と禁煙セラピー

禁煙セラピーを読んで禁煙中のヒロイチは、禁煙中で手持ち無沙汰なのでギターを弾きますとギターを弾いた。暗くなったの部屋に彼のギターが響き渡る。ねぇなにか曲は弾けないの。たったひとりの観客だったタカシは赤い低いソファにもたれながらそう言った。…

坂の多いこの町で、暮らしてもう何年になるだろう。 僕は何人目かの女の子の手を引いて坂を上る。僕が嫌いなこの急な坂を海が見えるから好きと彼女は言う。何度も見慣れた景色が不思議と違った風に見えて、単純な自分が少し可笑しい。どうして笑っているのと…