犬というのは所詮は家畜で、人間としてみなくてもよいと教えてくれたのは叔父だった。幼い頃に両親を事故で亡くし、彼の家で育てられた。叔父は40間近でありながらも独身で、しかし家にはいつもひとの気配がした。一度だけ誰かいるのかと問うたが、あれは犬だからほうっておけばいいとやさしく言われた。それ以来、何も聞き出せなかった。
 
 2階の奥の部屋が犬の部屋だった。犬の部屋かどうか叔父に聞いたわけではなかったが、物音がするのは決まってその部屋だった。何度かその部屋に入っていく叔父の後姿を見たが、部屋の中は暗くて何も見えなかった。僕の部屋と犬の部屋は離れていたけれど、時折聞こえる悲鳴のような声と何かが倒れるような大きな音が怖くて布団を頭まで被って震えながら眠った。
  
 叔父が出張へ行くので、叔父の友人だという女が僕の世話をするためやってきた。叔父が発って3日目の夕方、女が買い物に出ている間、不意に犬の部屋から物音がした。僕は気付くと犬の部屋の扉をノックしていた。
 犬の部屋からピタリと物音がやんだ。思い切ってドアノブを回してみるが開かない。鍵がかかっているようだった。僕は叔父の書斎に入り机の引き出しを開け、鍵を探した。書類の下に小さな鍵を見つけた。急いで犬の部屋の前に戻り鍵を差し込む。カチリと手応えがあった。なんだ、意外に簡単じゃないかと拍子抜けもした。荒い息とは裏腹に心の中は意外と冷静で、そっと扉を開けたと同時に玄関のドアが開く音。女が買い物から帰ってきたようだ。僕は慌てて部屋に滑り込んだ。
 
 部屋は薄暗く物置のようだったが、中央のベッドに座った少女がじっとこちらを見ていた。僕は背中を扉につけたまま動くことが出来なかった。少女は僕と同じ歳くらいで異様に細く異様に白かった。そしてなにより何も着ていなかった。服はおろか下着すら身に着けていなかった。黒い首輪だけが白い首に重そうに巻きついていた。僕は少女から目を逸らすことができなかった。少女は黒い目で僕をじっと見て、にこりと笑った。
  
  
  
 あの後のことは覚えていない。女は何も気付いていなかったと思う。次の日、帰ってきた叔父に書斎に入ったことがバレ、酷く叱られた。机の中の書類がばらばらになったままだったらしい。叱られたことしか覚えていないのに、あの少女の黒い目と白い肌はしっかりと目に焼きついていて10年経った今でも思い出せた。犬を見ると、少女を思い出す。だから、僕は犬が嫌いだ。








殺伐雑文祭
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