繭子

 モニタの向こうで目が大きい少女がにこにこと笑っている。さすがロリ系20歳以下で検索しただけあって、幼い顔つきの女の子だった。髪は黒い。暗めのカラーリングをしているのかもしれないが、このカメラの精度では判別がつかない。
 
 名前は繭子。19歳。何故かセーラー服を着ている。というかセーラー服を着ていたから彼女を選んだ。顔もそこそこ好みだった。しかし、何でもしますカテゴリにいたというのが選んだ正直な理由。そこは課金というシステムがあるのだから仕方がないこと。こっちだってただで見ているわけでは、ない。繭子は胸の開いたセーラー服を着てルーズソックスだった。なぜ19歳のこんなにかわいい女の子がこんな格好をしてにこにこしているのかも気になったけれど、それよりも彼女が何をしてくれるのかの方が数倍気になった。淡いピンクの花柄の壁紙が背後に見える。完全個室というのはラブホテルのようなところなのだろうか。聞いてみたい、彼女と話をしてみたい衝動に駆られたが、一瞬早く、彼女のショウが始まった。
 
 想像通りの声で、僕(他数名の男たち)に向かって「先生。」という。まぁ確かに僕(他数名の男たち)は先生と呼べる歳かもしれない。先生、か。と、にやけた拍子に口に出してしまった。今頃全国の数名の男たちが同じようににやけたのではないかと思うと気持ちが萎えたが、モニタの前で愛想を振りまく繭子を見ていると、彼女が笑いかけているのは僕にだけなのではないかと錯覚する。僕を慕う可愛い教え子なのではないかと錯覚する。
 
 繭子はもう一度「先生。」と呟き、上目遣いで僕を見る。僕は慌ててガチャガチャとキーボードを弄り「服を、脱いで」と彼女に伝える。少し遅れて繭子がにっこり笑ってセーラー服の前のファスナを下げる。白い下着と白い肌が映る。繭子の口元がモニタいっぱいに映り、形の良い唇と小さな舌が僅かにうごめく。顎の向こうに脱ぎかけの胸元がちらちらと見えた。何度か口をぱくぱくさせた後、にっこりと唇が笑って、繭子の半身が映る。そしてさっきと同じようににこりと上目遣い。少し下がって下半身が映る。頭は画面からはみ出てしまった。繭子がしゃがんで手を振る。短いスカートの中が見えそうで見えない。僕の息が荒くなる。僕はまた慌ててガチャガチャ「脱いで」と打った瞬間、ブブブブブという大きな音。携帯電話が隣の部屋の机の上でけたたましく振動している。振動時間からメールではない。数十秒で音が途切れる。ほっとした。フリーズした頭を再起動。モニタの繭子がスカートの中に手を入れて下着を脱ぎ始めていた。手がキーボードから自分のベルトに移った瞬間、再度、振動音。ベルトに置いた手が一瞬止まる。繭子が白い下着を見せる。数十秒でまた音が止む。繭子が膝を曲げて座り込む。振動音。そこで僕の苛々が最高潮に達し中途半端に外れたベルトもそのまま、隣室の携帯電話を乱暴につかむ。着信先も見ずに出る。不機嫌な声で怒鳴ったためか相手が一瞬黙る。苛々を精一杯抑えた声でどなたですかと問う。聞き覚えのある声。数ヶ月前に別れた彼女。おどおどと話し始める彼女。苛々が激しい動揺に変わる。相変わらず僕の息は荒い。最初はお互いの近況報告。妙に余所余所しい会話。付き合い始めたときみたいだと少し思い、彼女が突然恋しくなる。2年半付き合って内1年半を同棲して、でもほとんど毎日がけんか。原因は概ね僕にあったわけだけれど、それでも彼女を愛していたと、思う。ぽつぽつと話し始めた割には、会話は続く。それなりに話が弾んできたあたりで、数ヶ月前と同じように、僕が彼女の何気ない一言でブチ切れ彼女を怒鳴りつけ罵り、彼女は泣き、電話が切れる。
 
 やっぱり荒い息なのにため息が出た。少し、放心状態を装ってその場に座り込む。今度は意図的にため息。息が落ち着いてきた頃、隣の部屋から電子音。小さなその音に気付いたときには手遅れ。繭子は最初と同じセーラー服の静止画像に変わり、モニタの右下の赤い字が点滅していた。「ポイントを購入してください」という文字を残し、僕の1万円は瞬時に消えた。