不感症

こういうことはもうやめにするわ。へぇまたそれはどうして。だってこういうことすることに対して、何も、感じないんだもの、それってすごくだめなことだと思うわ。へぇ根本的なところはだめって思わず、君自身の考え方がだめって思うからなんだ。そうよ、だって悪いことをしているとは思わないもの、あたし、何も、感じないんだもの。
 
 ぼくの精子を吐き出した彼女はそう言った。彼女のマンションの6階の桃色のシーツが敷かれたベッドの真ん中くらいに座ってぼけっと壁に貼ったポスタを眺めていた彼女はそう言った。彼女との付き合いは長く8年前から。8年間の彼女はもっと地味で大人しく、8年後の5月11日に僕の精子を口に含んで勝ち誇ったように笑う女ではなかった。勝ち誇ったように見えたのは、あっという間に果ててしまった僕の敗北感がそう見せさせたものに違いなく、1年振りのセックスが挿入前に終わってしまったことに対する虚しさ或いは自己嫌悪、まぁそういった類のものも後押ししていたのだろう。
 洗面所で精子を吐き出している音が妙に生々しく、行為の後で漸く実感が沸いた。8年前、セーラー服を着て僕の横で歌を歌っていた彼女が今、僕の精子を含んだ口を、彼女の自宅の洗面所の水で濯いでいる。何度も、何度も、何度も聞える水を吐き出す音。僕は、ベッドの脇に落ちている脱ぎ捨てたトランクスを履く。Tシャツを探す。ふとんをめくったりベッドの下を覗き込んだりする自分が情けなくて、できれば今、洗面所から彼女が帰ってこなければいいと思った。思い虚しくTシャツをふとんの中から発掘したパンツ一丁の僕を見て彼女が鼻で笑ったような気がした。
 
 洗面所から戻ってきた彼女は、セックスをする前とは違った服を着ていた。上下色気のないグレーのスウェットで部屋着かパジャマであろうか。相変わらずの濁った瞳で何も感じないのと話し始めた。最初、僕の前戯が気持ちよくなかったのだろうかと思ったが、どうやらそれは杞憂のようで(杞憂でないかもしれないが)(いわゆる彼氏彼女の関係ではない)僕とセックスをすることに対して何も感じないということのようだった。何も感じないしどうでもいいと言ってのけた彼女を見て、正直悲しく思った。かわいそうだと思ったけれど結局抱いた。抱かれたのかもしれない。その結果彼女はこういうことをやめようと決意したので、僕は一体なんだったのだろうかと思った。彼女を救いたいと一瞬思ったことは認めるが、ひとを救うなんて時代錯誤な(ましてや彼女は彼女なんかじゃないのに!)考えは持つべきではないと思ったし、彼女もそんなことを望みはしないのだろうと思った。