45 世界平和は実現しますか。

 中庭は唯一病院の匂いのしない(正確にいうと病院の匂いの薄い)場所だった。28になるまで病院とは無縁の生活をしていた僕には、たった数日の入院でも息が詰まりそうだった。偶然見つけた中庭で昼寝をすることが僕の日課(まだ入院2日目だけれど)(しかも明後日には退院できる)になっていた。
 
 慣れない松葉杖で不恰好に歩きながら中庭へ向うと、定位置のベンチには白いパジャマを着て片目に包帯をぐるぐる巻きにした小さな女の子が座っていた。僕は不謹慎にも綾波レイみたいだなと思い近づく。少女は大事そうに黄色い花の咲いた小さな植木鉢を抱えていた。あんまり大事そうに抱きしめているので、真白なパジャマに土で汚れてしまっていた。少女は片目で僕をじっと見ている。綺麗なお花だね。少女は変わらず僕をじっと見ている。反応のない少女に少し間に困っていると、少女はすっと息を吸い、声にならない声で何かを呟いた。呟いたというには大き過ぎるその声であぁ彼女は耳が不自由なのだと気が付いた。包帯のない左目が僕をじっと見る。もう一度少女が口を開ける。このお花は何色をしているの。確かに少女はそう言った。言ったように思った。間を空けずに、黄色い、綺麗な、花だよ。僕は心持ゆっくりめに彼女の耳元で言った。やはり僕の声が聞こえた風ではなかったが、気配を感じとったのか、ふわりと少女は笑った。瞬間、バサバサと忙しない音を立てて背後の鳩が数羽飛び立った。昨日も見たどこにでもいる灰色の鳩に間違いなかったが、目の前にいる盲目の少女を見ていると所謂平和の象徴とかいう真白な鳩のイメージが唐突に沸き、思わず振り返ると、ふわりと白いと言えなくもない小さな羽根が舞っていた。