おやすみなさい。

 時折無性に寂しくなって、夜中の二時半に電話をすれども繋がるわけはなく"もう寝た?"とだけメールを入れて玄関でしゃがんで少し泣いた。
 
 向き合って目も合わせず、肩元に顔を寄せる。間近で顔を見ることができず、未だに口を合わせることすらままならない。それでもセックスはちゃんとして、精液の処理をするときだけ素に戻り、洗面所で何度も何度も口を濯ぐ。
 濡れた口をタオルで軽く拭いてベッドに戻ると当たり前だがそこには男がいた。頬や頭に彼の手が這い、ここぞとばかりに涙を出す。もう今はぐずった子どものように情けない声を出しながら泣くこともなく、ただ理由もなく泣く。声も出ない。セックスするためにここへ来たのか、泣くためにここへ来たのか自分でも動機を決定付けることができない。しかし涙はじわりじわりと止まることなく男の肩に滲みてゆく。背中をとんとんたたかれて子どものようにあやされながら、寂しさはすぐに眠気に変わる。
 
 帰るわという言葉で目が覚めて、見ると傍に男が立っている。言葉の意味がすぐに理解できず、手を引くことも思いつかない。のそのそ起き出し、玄関へ向かう男を追う。靴を履き始めた男を見て、都合の良い涙が溢れる。男はその大きな手で頭をがしがしと撫で、そのまま無言で部屋を出た。
 二時間前と同じように玄関でしゃがんで少し泣いた。泣きながら携帯をにちにち押して"会いたい"とメールを打った。こんな生活がいつまで続くのだろうと酷く客観的に思い、10月になればと根拠の無い言葉で自分を落ち着かせる。
 
 会いたいの返事が帰ってきて明日の10時には人が来るから、安心して部屋に戻って今から寝ます。おやすみなさい。