飯田

 折角来てもらって悪いんだけど、さっき生理になっちゃって。
 飯田にそう伝えるとフェラチオを強要されて、拒否すると頬と腹を殴られた。
 
 飯田がここへ来るようになって2ヶ月が過ぎた。大手通信会社のサラリーマンである彼は仕事の帰り道である私の家へ寄ることが多かった。出会ったきっかけは合コンで、背が高く気前の良い雰囲気を持った彼に私たち女性陣は皆好感を持った。カラオケで携帯番号を交換して、家に帰るとすぐに連絡が入り、次の日曜に会ってセックスした。
 付き合う付き合わないの話が出ないままの関係だったから、単なるセフレかなにかだったのかもしれない。恋愛感情があったのか自分でも分からない。飯田はセックスが上手だったし私に対してなにも干渉しなかった。私も彼を詮索することはなかった。
 
 先月、初めて頬と腹を殴られた。生理の鈍痛が残る下腹部に違う痛みが走った。そのままうずくまっていると髪を引っ張られ、無理やり口に陰茎を咥えさせられた。私は咽を何度も詰まらせ嗚咽を漏らしたが、彼はお構いなしに腰を振り続け私の顔中に精子を浴びせた。
 半裸のまま洗面所で顔を洗って鏡を見ると、目元は殴られたのと泣いたのとで赤黒く腫れ、身体には何箇所もまだ熱を持った痣が残っていた。水で濡らした手で触れるとひやりと気持ちがいい。
 寝室に戻ると飯田が眠っていた。目を瞑っていただけかもしれない。ベッド際に立つと彼は甘えた仕種で私の手を引き抱き寄せた。先ほど私を殴った手で私の頭をやさしく撫でた。頬にそっと唇で触れると飯田の目から涙が落ち、子どものように泣き出した。私は慣れた手つきで彼の頭を抱き横になる。私の胸にしがみつくいい歳をした男が、先ほど私に乱暴をした男が涙目のまま寝息を立て始める。
 飯田が眠った後、ベッドを離れ熱い紅茶を飲む。切れた口の中が少し沁みて痛んだ。こんな生活がいつまで続くのだろうかと、深夜テレビの終わったTVの高速道路をじっと眺めていた。突然思い立って、キッチンから包丁を取り出し、寝室へ向かった。
 飯田を刺すか自分を刺すか両方とも刺すかは、決めていなかった。