44 世界の終末はどのように訪れると思いますか。

 世界の終末なんて訪れないんじゃないかと思った。それでも4月23日はやってきてあと5時間で世界が終わる。僕は僕の狭いアパートの青いベッドで亜佐美を抱いて、亜佐美は赤く腫れた目を閉じ今は寝息を立てている。世界が終わるときをベッドの上で愛する人を抱いて過ごすだなんてタイタニックの老夫婦じゃないんだからと思ったけれど、僕も、きっと亜佐美もこうしていたいと思う。あと数時間で世界が終わるんだからもっとしたいこと他にあるんじゃないかって思うけど、世界が終わってしまえばこうして亜佐美を感じることだってできなくなるし、このまま二人で抱き合って眠ったまま世界が終わるのもいいかもしれない。でもやっぱり最後の最後まで亜佐美を好きでいたいし亜佐美を感じていたかった。
 亜佐美と声をかけるとすうっと大きな瞳が開く。起きていたのかもしれない。亜佐美ともう一度呼ぶ。亜佐美が僕にさらに近寄り頬と頬が触れる。ひげがじょりじょりするねと亜佐美が笑う。ごめんと僕が言う。急に切なくなって亜佐美を抱く。これが最後のセックスになるのだろうか。できるだけ長く亜佐美を抱いていたかったけれどやっぱり僕はすぐに果てて射精する。中で出しても良かったのに。幼い子を見るようなやわらかい目で僕を見る。そのまま僕らは抱き合ったままずうっと話をした。付き合った頃のように毎日8時間とか話をしていたかった。でもあと2時間ほどで世界が終わる。このまま他愛の無い話をしながら世界が終わる。
 ねえ、外に出ない?亜佐美が言った。僕は亜佐美をずっと抱いていたかったけれど、亜佐美がベッドから降り服を着だしたので嫌々着替える。外は暗く、街灯がたくさん灯っている。意外と外にひとは多い。トリップして奇声を上げる少年から亜佐美を護りながら町を抜け丘にでる。展望台には1組の老夫婦が並んで手を繋いで眠っていた。ベンチの端に薬の包み紙を見つけ、二人が生きていないことに気付く。何が起こるかわからない世界の終末を待つより、自ら死を選ぶ人も多かった。亜佐美は最後まで僕と一緒に居ることを願った。勿論僕だってそう。
 展望台には僕らふたりっきりで、動かなくなった老夫婦が見守る中、僕らは長いキスをする。唇を離すと本当に世界が終わってしまいそうで怖かった。時計を見るのも怖かった。目を開けて亜佐美の顔をしっかりと焼き付けておきたかったけれど、怖くて目が開けられなかった。夢中で亜佐美の唇を吸って頬を触って髪を撫でて泣いた。名残惜しいがキスを止めて細い肩を強く抱きしめた。僕の首元に亜佐美の息がかかる。亜佐美が小さく好きやでと言う。カズくんが一番好きやでと言う。僕も亜佐美が好きや。好きやで。何度も何度もそう言い合って、最後に亜佐美の顔に触れようと亜佐美に回した腕を緩めた瞬間、目の前が真っ暗になって亜佐美が見えなくなって、亜佐美と呼んでも声が出なくて、亜佐美の声も僕の声も聴こえなくって、亜佐美がいなくて僕はひとりぼっちで世界が終わった。