発疹

 皮膚が荒れ赤く腫れた彼女の指は、少しだけ熱かった。かゆくて大変。彼女は笑って僕を見る。病院行った方がいいんじゃないの?何度目かの僕の言葉に、そのうち治るから大丈夫よと言い続けていた彼女は初めて、うんと言った。
 幸いにも僕の家の近くは大きな病院が数棟並ぶ医療エリアで、その中のひとつに僕は彼女を連れて行った。1階で受付を済ませ皮膚科のある4階へ。待合室は一見してアトピー性皮膚炎だと分かる子どもが数人、他にもスーツの男性と学生が1人ずつ。診察室は複数あり、僕らは程なくして第2診察室の中へ入った。
 
 僕が風呂から上がると、彼女は軟膏でべとべとになった指で器用にスプーンを使い、テイクアウトの炒飯を食べながらデスクライトで本を読んでいた。本がべたべたになっちゃって最悪の気分。不機嫌そうに彼女が言う。本がべたべたになるくらいで治るのなら安いものじゃないかと僕は思う。また、買えばいいよ。彼女はゆっくり僕を見て、そういう問題じゃないんだけれど、と落ち着いた(少し怒ったような)声で僕に言い、パタンと読みかけの本を閉じた。小説に出てきそうな動きだと僕は思った。
 
 4度ほど病院に通った頃から、彼女は朝起きれなくなった。僕は彼女がいなかった頃のように、キッチンでコーヒーを飲みながら立ったままトーストを食べる。僕が家を出る頃、漸く彼女は起きだしまだ少し眠そうな顔で、朝、ごめんねと言う。僕は寝癖のついた彼女の頭を少し撫でる。いってきます。気をつけてね。扉の向こうは雨。彼女はこれからもう一度眠るのだろう。
 
 彼女の指先はもう赤みを帯びてはいなかった。たくさんの水泡やびらんだらけで白かったり黒かったりして痛々しかった。発疹は指先から身体中に移っている。小さな赤い発疹だらけの彼女の身体を濡れたタオルで拭いた。興奮はしなかった。彼女は毎回、恥ずかしがった。僕はやはり発疹で溢れた小さな胸に触れるようにキスをする。
 
 ねぇ、私は死ぬのかしら。ベッドで上体だけ起こした彼女が言った。胸から蓮でも生えてくる?それなんの漫画?彼女は笑った。ねぇ、今日は少しだけ気分がいい。どこかへ出掛けない?どこか、行きたいところが?去年の春に行った公園がいい。噴水で、子どもたちが遊んでいたところ。あと、バレエも見たい。確か4月になれば眠れる森の美女が演ってるはずだわ。詳しいね。だって毎日退屈なんだもの。
 
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 土曜日の午後の公園は子連れの家族で溢れていた。どうやらセントパトリックディというアイリッシュのお祝いの日だったらしく、バグパイプを演奏するスカートの男性や、緑の服を着た子どもを多く見かけた。公園を中程まで歩いていくと大きな円形の噴水が見えた。小さな虹が見えた。淵に座って噴水で遊ぶ小さな子どもに見入った。横に彼女が座っているような気がした。