寝息

 電話の向こうの寝息を聴いて、子どもみたいと7つも上のひとを想う。
 携帯電話が176分話してたよと御節介にも僕に伝える。3時間の間に僕らは仕事の愚痴をこぼし、今日食べたものを報告して、面白かった本を勧めて、お互いの好きなところを絶賛し合って、血液型の話題で喧嘩して、無言になって、こころのないごめんなさいに辟易して、怒鳴って、泣かせて、好きだと伝えて、仲直りして、無言になって、何もないのに笑ったりして、セックスして、少し雑談して眠る。1日が3時間に凝縮されたようで、こんなことを続けていけば、他のひとより早く歳を取るんじゃないかと彼女が言う。いくつになっても僕は美雪さんが好きですよと精一杯こころを込めて伝える。ありがとう、でもあなたが30になったらあたしもう37なのよおばさんだわ、と少女のように笑う。僕はまだ23歳だけれど彼女を護りたいと思う。30の女性に対して少女は失礼なのかな。

フランクな肉棒

 口紅なんかつけなくたって十分に赤いふっくらとした繭子の唇が「お」と発音したときの形に丸く開き、熱を持ったそれにそっと口付ける。あたたかいねと口を少し離して繭子が言う。僕はなぜか興奮して少し勃起してそれが繭子に知れたんじゃないかと思って顔が熱くなる。間誤付く僕に気付いた繭子が、不思議そうに僕を見ている。少し上目遣い。口は丸く半開き。その格好がどうしようもなく性的に思えてさらに勃起。恥ずかしさと情けなさに性的欲求が勝る。変なのと笑って繭子はもう一度口を開ける。白い小さな前歯がちらりと見える。僕に構わずそれの先っぽをすっぽり口に含む。小さな口がそれを咥えて唇がいやらしい形に曲がる。おいしいと繭子が言う。僕の脳は官能に支配されて思わず目を閉じる。

お風呂場血まみれファック

 たららんたららんたららんらんたららんたららんらんらららららんお風呂が沸きました。給湯栓を閉めてください。ノーリツの給湯器がうきうきした声で僕にそう言う。僕はキーボードの上でわきわき動く手を止めて、彼女の言うとおり風呂場へ行き赤い色のついた蛇口を閉める。少し開いた蓋をきっちり閉めてキッチンへ戻る。給湯リモコンの風呂ボタンを解除する。お風呂の設定を解除しています。律儀に給湯器の中の彼女が言う。程なくして風呂ボタンが消灯し通常モードに変わる。
 狭い脱衣所で服を脱ぎ、小さなタオルを持って風呂場へ入る。赤い蛇口を捻るとシャワーヘッドから赤い湯が勢いよく噴射。これ黒かったらダークウォーターなのになと思う。赤い湯は僕の体を伝い、陰茎などが血まみれになる。血の匂いが鼻につく。血の匂いがするね。と僕が言うと、彼女がよがってだからやだって言ったじゃないとさして嫌そうでもない声を出す。僕はその声に興奮してさらに腰を突き動かす。水色のロータが赤く染まり、僕も彼女も真っ赤になる。彼女は絶叫する。僕はこの状況が可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない。彼女はさらに絶叫する。血の匂いがする。

44 世界の終末はどのように訪れると思いますか。

 世界の終末なんて訪れないんじゃないかと思った。それでも4月23日はやってきてあと5時間で世界が終わる。僕は僕の狭いアパートの青いベッドで亜佐美を抱いて、亜佐美は赤く腫れた目を閉じ今は寝息を立てている。世界が終わるときをベッドの上で愛する人を抱いて過ごすだなんてタイタニックの老夫婦じゃないんだからと思ったけれど、僕も、きっと亜佐美もこうしていたいと思う。あと数時間で世界が終わるんだからもっとしたいこと他にあるんじゃないかって思うけど、世界が終わってしまえばこうして亜佐美を感じることだってできなくなるし、このまま二人で抱き合って眠ったまま世界が終わるのもいいかもしれない。でもやっぱり最後の最後まで亜佐美を好きでいたいし亜佐美を感じていたかった。
 亜佐美と声をかけるとすうっと大きな瞳が開く。起きていたのかもしれない。亜佐美ともう一度呼ぶ。亜佐美が僕にさらに近寄り頬と頬が触れる。ひげがじょりじょりするねと亜佐美が笑う。ごめんと僕が言う。急に切なくなって亜佐美を抱く。これが最後のセックスになるのだろうか。できるだけ長く亜佐美を抱いていたかったけれどやっぱり僕はすぐに果てて射精する。中で出しても良かったのに。幼い子を見るようなやわらかい目で僕を見る。そのまま僕らは抱き合ったままずうっと話をした。付き合った頃のように毎日8時間とか話をしていたかった。でもあと2時間ほどで世界が終わる。このまま他愛の無い話をしながら世界が終わる。
 ねえ、外に出ない?亜佐美が言った。僕は亜佐美をずっと抱いていたかったけれど、亜佐美がベッドから降り服を着だしたので嫌々着替える。外は暗く、街灯がたくさん灯っている。意外と外にひとは多い。トリップして奇声を上げる少年から亜佐美を護りながら町を抜け丘にでる。展望台には1組の老夫婦が並んで手を繋いで眠っていた。ベンチの端に薬の包み紙を見つけ、二人が生きていないことに気付く。何が起こるかわからない世界の終末を待つより、自ら死を選ぶ人も多かった。亜佐美は最後まで僕と一緒に居ることを願った。勿論僕だってそう。
 展望台には僕らふたりっきりで、動かなくなった老夫婦が見守る中、僕らは長いキスをする。唇を離すと本当に世界が終わってしまいそうで怖かった。時計を見るのも怖かった。目を開けて亜佐美の顔をしっかりと焼き付けておきたかったけれど、怖くて目が開けられなかった。夢中で亜佐美の唇を吸って頬を触って髪を撫でて泣いた。名残惜しいがキスを止めて細い肩を強く抱きしめた。僕の首元に亜佐美の息がかかる。亜佐美が小さく好きやでと言う。カズくんが一番好きやでと言う。僕も亜佐美が好きや。好きやで。何度も何度もそう言い合って、最後に亜佐美の顔に触れようと亜佐美に回した腕を緩めた瞬間、目の前が真っ暗になって亜佐美が見えなくなって、亜佐美と呼んでも声が出なくて、亜佐美の声も僕の声も聴こえなくって、亜佐美がいなくて僕はひとりぼっちで世界が終わった。

煙草

 ベッドに腰掛け煙草を吸う。隣の繭子は何も言わずじっと僕を見ている。僕は部屋の隅に脱ぎ散らかした服を見てすうっと長く煙を吐く。二人分の散乱した服を見ても、ベッドに座る自分たちを見てもいまいち実感が沸かなかった。
 繭子は僕の前では煙草は吸わない。僕は煙草を吸う女性が別に嫌いではなかったし、彼女が喫煙者であることも知っている。灰皿やライターが常備されたこの部屋に、他の男の影がない訳ではなかったが僕はそれには触れずにいる。
 短くなった煙草を消す。繭子はまだこちらをじっと見ている。

51 「ファンタジー」とは?

 この部屋には2種類の時間が流れていて、朝日が昇るころにお昼ご飯を食べたりする。
 僕は2時間ほど仮眠しただけで先程から仕事を続けている。目が冴えているのは、仮眠をしたせいではなく、白い時計が午後1時20分を指しているからかもしれない。部屋に唯一ある窓からは朝の白い空気がこぼれ、冬の寒さを感じる。
 白い時計に住む丸い目をした少女は名前がなくて、僕は彼女をウサギと呼んだ。ウサギは肌が白かったけれど目は勿論赤ではない。先日から読み始めた小説に出てきたキャラクタから拝借したと正直に伝えれば、まぁ安易にひとを名付けないでよなどと拗ねた口調で僕に言うかもしれない。
 ウサギは昼の1時半だというのにまだ白い時計の中でぬくぬくと眠っており、僕は永遠に続きそうな朝日の中でたくさんの誘惑に負けながらちまちまと仕事。
 あと2時間で永遠になんて続かない朝が終わる。朝が終われば魔法が解けて、僕は青い時計の世界に戻らなくてはならない。それまでにひとことウサギに伝えたいことがあるのだけれど、きっと間に合わない。魔法が解けるまでにこの仕事を終えなければ、僕は僕の時間に戻れなくなってしまう。
 煙草を少しだけ吸って、ウサギのことを少しだけ想って、僕は仕事を続ける。

エキセントリックな缶のバッグと世界誕生の瞬間と文庫と白いCDR9枚とグッチとクリちゃんと豆とバラとアドベンチャーワールドとコーヒーと嬉しい気持ちと素敵なベルトと水と牛乳とたくさんの発泡酒とたらチーズサンド(死ぬほど好物)と本3冊とCD3枚と昨日買ったCDと煙草と青いライター2つ。

 部屋の所々にあるたくさんのものを見つけて驚く。あ、外国の紙幣2枚とコイン2個も貰った。