懐妊出産

突然産まれたわたしの子どもは、十分わたしの生活を侵していった。今までインターネットをしながら紅茶を飲んで過ごしたわたしの深夜は見事に無くなり代わりに、食器と洋服の洗い物と食事の用意が今までの3倍ほどに膨れ上がった。我侭に振舞う子どもを見てこ…

犬というのは所詮は家畜で、人間としてみなくてもよいと教えてくれたのは叔父だった。幼い頃に両親を事故で亡くし、彼の家で育てられた。叔父は40間近でありながらも独身で、しかし家にはいつもひとの気配がした。一度だけ誰かいるのかと問うたが、あれは犬…

歓声

背後で歓声が聞こえる。これは空耳かもしれないし、振り返るとスタジアムなのかもしれない。壺の中は干菓子が入っているのか或いは骨なのか僕には断言することはできないと秋彦さんが言っていた。僕は関口くんと同じように眩暈がしたし、壺に恐怖した。きっ…

緊縛

土曜日、起きると時間は12時で、駅まで自転車で10分だったけれど、とても焦った。急いでシャワーを浴び、髪を乾かした。ジーパンにシャツを着て、クローゼットの中から赤い紐を取り出してカバンに詰め込み念のため、コンドームを数個入れておいた。はじ…

お医者さんごっこ

イトーヨーカドーでおもちゃの聴診器買ってきた。僕は大学の実験用の白衣を着て、聴診器を首から提げて、寝起きでパジャマ姿の美雪をダイニングの黒いスツールに座らせて診察する。 「はーい。聴診器当てますから服ちょっとあげてくださーい。」 半分寝ぼけ…

お隣の松井さんの家の2階、多分長男の秀一君の部屋から、女の悲鳴が聞こえる。毎週日曜日、時刻は3時頃が多い。初めて声を聞いたときは何事かと思いびっくりして窓を開けた。そのときから度々、悲鳴が聞こえるようになった。それがセックスの歓喜の声だと気…

和美

交際期間約半年を経てとうとう僕らは京橋のラブホテルへ入った。お金もないので一番安い部屋にしようと思ったのに、和美があーこの部屋かわいい!と無駄にファンシーな部屋を指差しそのまま702のキーを引き抜いた。 和美とはコミュニティサイトという名の出…

まぐろ 動かない女

ただいまー。僕はいつもと変わらないダルい声で暗いリビングに言った。ただいまー。僕は慌ててさっきより少しは張りのある声で暗いリビングに言った。しまった今日は亜紀が家に来ているんだった。いわれてみれば玄関の鍵が閉まってなかった。いや閉まってた…

粉々

粉々に砕け散った僕のこころは、会社の電話線を通じていくつか君の元へ迷い込んだ。幼い君はそれが僕のこころの破片であることに気が付かないまま、携帯電話の赤いボタンを押した。粉々に砕け散ってしかも破片をなくした僕はひとり放心状態のままパソコンの…

夜な夜な

僕は夜な夜なサユリの声に耳を傾ける。鼻歌を歌うサユリ。あ、そうだそうだと、何か思い出したサユリ。テレビのバラエティを見ながら声を出して笑うサユリ。親友のカズミとよく長電話をするサユリ。恋の話と映画の話が好きなサユリ。毎週金曜日の晩にやって…

カズミ

こんにちわ。そう言って僕の前に和美は座った。目の前に現れた和美はカズミほどかわいくなかった。正直少しがっかりしたが、緑のスカーフのセーラー服を着た彼女は、14才の僕にとっては十分過ぎるくらい大人の女性に見えた。本物の和美はカズミより、よく…

昨晩、鶏に似た彼女は、僕に向って別れを告げた。貴方って鳩に似てるわよね。そう言って彼女は少しだけ笑って僕の前を去った。僕は帰り道の立ち飲み屋でつくねとずりとももを2本ずつ頼み、彼女だと思って食べた。つくねのやわらかさで彼女を感じ、ずりの歯ご…

屋上3

あの時、君は。 僕が手を伸ばしても一向に握ろうとは、しなかった。 僕はああ嫌なんだろうな、と思った。 嫌われているんだろう、と思った。

屋上2

屋上のタンクと隔壁との細い空間で、僕は狂ったように君に挿した。 こんな窮屈な態勢は何時振りだろう。僕は意識の片隅でそんなことを思っていた。 ふと高校のトイレが頭に浮かんだ。 君をタンクに押しつけるのはかわいそうだったけれど、僕はどうしてもそう…

ガムテープ

あなたはガムテープであたしの口を閉ざした。あたしはいつものように嫌がってみせた。 あたしには光が見えない。見えるのはあなたの体の温もり。 ガムテープで塞がれたあたしの口の横の頬に耳に首に、あなたはキスする。 いつものように手早くじらしながらあ…

遥かな尾瀬

朝10時からの学年登校日。2学年全5クラスが体育館に集まってなにか、戦争関連の講話を聞いたような気がする。久しぶりのセーラー服が暑苦しく鬱陶しかった。 30分程度の講話の後、教室で担任が簡単な話をして下校。いつも一緒に帰っているご近所の同級生は…